2010年2月8日月曜日

ロボット ― カレル・チャペック

 私の仕事場の隣人、K氏が貸してくれる本のジャンルは様々なものがある。K氏の興味の広さには関心してしまう。技術系の編集部に属することからロボットの原点である本書「ロボット」を買ったらしい。ロボットの話が出たときに「ロボットという名前はこの作者が生み出したんだ」と教えてくれた。

 「ロボット」という言葉は、本書の著者であるカレル・チャペックというチェコスロバキアの作家が命名した。厳密にはその兄が考えたらしい。ロボットを開発した人たちがそのロボットに仕事をさせて、自分達は何もしなくてもいい世界を作ろうとしたけど、ロボットの反乱にあってしまう、というストーリーである。
 戯曲なので、登場人物のセリフで進行していく。ページ数も字数も少ないのでサクサク読めてしまう。

 本書におけるロボットは、私達が知っているロボットとは少し違う。いわゆる金属製のパーツを組み合わせて作られているわけではなく、血や筋肉といった組織自体を人工的に作ってできているようだ。人造人間である。だから、殆ど構造は人間と変わらない。しかし、唯一の違いは心を持っていないことである。
 従って、本書の中のロボットは、心がないことを除けばほぼ人間である。フランケンシュタインとかサイボーグとか、そんなイメージである。だから、怪我をすれば血を流す。しかし、痛みを感じることはない。そんな彼らがやがて自分達が人間よりも優れているということを理解しだし、反乱を企てる“リーダー”が現れたことで世界は一変してしまう。

 バベルの塔と同じく、神の領域を侵そうとした人間には罰が下るという、聖書をモチーフにしたストーリーのようだ。最終的には聖書の中の一部になぞらえているところからも、命というテーマを扱ったことを神の領域として表現したかったのだろうか。
 この本から感じ取れることは、楽をしようとするとしっぺ返しを食らう、というような単純なものではないだろう。

 こういう古典を読んで思うことは、どこかで読んだストーリーだなということである。しかし、どこかで読んだストーリーこそ、本書のストーリーを拝借して書かれているのであり、先にそれを読んでしまっただけのことだ。あ、このストーリー知っているなと思うのであれば、それだけこの本がすごいということの証明になる。